土蔵群が連なる計画された防災地区 名古屋町並み保存地区 町並み分類:商家町・城下町 文化財:伊藤家住宅(県指定有形文化財) |
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名古屋市西区那古野1丁目 2011年3月11日(金)訪問 地図 | ||
JR東海道本線名古屋駅下、地下鉄桜通線国際センター駅または丸の内駅下車すぐ。 | ||
名古屋駅から市営地下鉄の乗って1駅、徒歩でも15分とかからない都会の真っ只中に四間道地区がある。四間道とは、四間の道幅を持つという命名である。 江戸時代に尾張藩によって城下の防火対策の為にと、道路幅を拡幅して造られた。地域の名称は西区那古野にあたる。那古野は現在の名古屋のもとになったと推察される古い地名です。 元禄13年(1700年)の大火あと、防災を目的に道幅を4間とって新たに作られた町で、南北に走る通りの西側に商家を置き、東側に蔵を連ねている。その東側にもう1本の通りを置き、すぐそばに堀川が流れるという立地にあります。 戦災にも遭わずに残されたこの区画は、開発によって南北に300mほどの距離に残されているに過ぎないが、名古屋町並み保存地区として当時の姿をとどめています。 四間道の東側の筋に伊藤家の屋敷が残されています。この家は、江戸時代には、尾張藩の御用商人を務めた家柄で、商家の典型例として貴重なものです。 この地区には、火除けの神を屋根に祀る家を見かけます。説明によると津島神社・秋葉神社・熱田神宮を御祭神として、屋根の上に社を造り、疫病や火災から守る名古屋独特のものだと言うことです。 |
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中村家(屋根神様を祀ってある) | レトロな洋館 | 屋根神様を祀る家 |
四間道に並ぶ蔵群 | 四間道を北向きに撮った | 右(西側)伊藤家住宅・左(向い側)表倉 |