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陣屋の置かれた河湊町 笠松

岐阜県羽島郡笠松町 名鉄竹花線西笠松駅から徒歩5〜6分  2009年1月13日(火)訪問 地図

八幡町の町並み 名鉄の駅を降りて東の方にまっすぐに400から500mほど歩く。笠松町役場の一つ手前の四つ辻を左に入った辺りが八幡町で、蔵を擁した街並みが目につく。この通りと一つ西側の道とその近辺が古い町並みを形成している。笠松町役場の裏筋から西側の辺りにも古い建物が点在している。
 八幡町に八幡神社がありました。これを二見町・八幡町・宮川町・県町・新町・上本町などが取り巻いています。

江戸時代の行政の中心地
 笠松は木曽川の右岸に沿って河港として栄え陣屋も置かれていたことからこの地方の中心的な存在でした。その後に明治に入って県庁が岐阜の方に移って行くことになるが、平成の今も市政をひかず笠松町の名を残している。このため、各町の界隈は羽島郡笠松町**町という住所表示になっています。

物資集積地から商工業都市からへ
 河湊を中心に物資の集散の地から、明治に入って県庁が岐阜に移転した後も商工業の地として発展を遂げます。この八幡町には平入り中二階の建物が比較的連続して建ち並び町並みの佇まいが感じられる。建物は濃尾地震(1891年)の後で再建されたものが多く残っている。今も、みそ・たまり醤油などを製造している店が下新町にありました。濃尾地震の後でやっとしてから建てたので、築後100年くらい経っていますとのことでした。八幡町に妻側を通りに面した建てた蔵を持つ家も見られます。横道に入ると石畳の道があって、これは、湊から荷揚げの車の轍が地面に沈み込まないための配慮のようです。


蔵を持つ家もあった

本卯建が揚がっている家

みそ・たまり製造の家屋

石畳が残る道

鮎鮓街道の標
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