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木之本 牛馬市で賑わった宿場
町並み分類:宿場町門前町
文化財:
滋賀県長浜市木之本町木之本                        2009年11月3日(火)訪問        地図
JR北陸本線木ノ本駅から徒歩約5分で旧の街道に出ます。
 JR木ノ本駅で町歩き地図「きのもとみどころまっぷ」を手に入れて散策を開始する。駅の北寄りのタクシー乗り場の方から町に出る道がある。4分くらい歩けば、もうそこには古い町並みの風情を残す北国街道に出る。
 木之本宿の町並みここから北に歩いて一里塚跡まで、そこから取って返して北国街道と北国脇往還の分岐点辺りまでの街道に町並みを展開している。
 距離にして約1kmくらいの間に、酒蔵、醤油店、庄屋屋敷、馬宿など歴史を今に伝える古い建物が立ち並んでいます。

 木之本は、宿場町でもあり木之本地蔵院(浄信寺)の門前町としても栄えたところです。町の中心であった木之本の地蔵院は、駅から真直ぐに伸びている国道303号線の突き当たったところに位置しています。

 昭和の初めころまで街道の真ん中を小川が流れていました。これは1700年代の2度の大火の後、防火用水路のために掘られたもので、また、盛んに行われていた馬市のためにも利用されていました。
 馬市は室町から昭和の初期まで毎年この地区で年2回行われていた。藩の保護監督を受けて、地元の近江をはじめ但馬・丹波・伊勢・美濃・越前・若桜などから数百頭を超える牛馬が集まり盛況を極めていた。
 江戸時代の初期には本陣や脇本陣が設置され、また北国脇往還を分つ地点でもあったため宿駅としての重要性は高かった。

 木ノ本は家並の連続性が高く、平入り中二階塗込めの家屋が多く、それぞれに袖壁をつけている。山路酒造は創業が天文元年(1532年)で旧脇本陣でもあったところです。もう1軒ある富田酒造はこちらも天文年間(16世紀半ば)には操業しています。全国でも5番目・6番目の創業の古さを競っています。

 一里塚跡からしばらくの道筋は幅が少し狭くなっています。両側には袖卯建を付けた中二階の平入り家屋が並んでいます。駅から上がってきた道と街道の交差する場所に、馬宿平四郎家があって、この辺りが馬市跡です。街道筋が少し広くなります。そのすぐ先に脇本陣を務めたという山路酒造があります。
 寄棟平入りの店舗棟があって、軒先には大きな酒林が下がっています。それに続いて立派な門を持った屋敷塀が連なっています。当時の脇本陣の様子が彷彿と感じられます。一区画先に元庄屋の上坂邸があります。ここも中二階建ての平入りで漆喰塗り込めになっています。虫籠窓こそサッシ窓に改装されていますが、格子窓と犬矢来などが弘化4年(1874年)という建物には風格が感じられます。
本陣薬局に掲げられた木製看板 すぐ南側は木之本地蔵院で、この辺りが木之本宿のほぼ真ん中です。木之本地蔵院の前が札の辻で、西の方向にJR木ノ本駅に下る道がある。地蔵院の南に本陣薬局があって、店先に薬看板がぶら下がっています。ここは旧本陣の竹内五佐衛門家の跡です。
 向かい側には「七本槍」蔵元の富田酒造がある。富田家は庄屋も務めた家で母屋は延享元年(1744年)の建築です。宿場の雰囲気を色濃く残しています。2階の屋根が2段構えとなった造りになっています。平入り2階建てで格子のはまった店構えです。
 白木屋醤油店、岩根醤油店、大幸醤油店とこの辺りの良質な地下水を使っての酒、醤油造りが昔から盛んだことがうかがえます。大幸醤油店は北国街道と北国脇往還の分岐点の三叉路の角に当たります。ここから東西にそれぞれ京と江戸へ通じています。

馬宿平四郎 山路酒造
山路酒造と旧脇本陣 山路酒造の脇道 元庄屋上坂邸
富田酒造 白木屋醤油店 大幸醤油店
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